全てのスポーツ動作を改善する「脇下の筋肉」の重要性
あらゆるスポーツでは、「腕」を使って動作を行います。物を投げたり、走ったりする際は、腕を動かし続けるため、「腕の動き」はスポーツにおいて重要な役割を担っています。 腕の動きが適切でなければ、全身運動がうまく行えなくなり、パフォーマンス低下や怪我につながる可能性があります。武道の世界では、「腕周りの筋肉の使い方」「腕を動かす角度」を改善することで、より身体を効率よく動かせます。
そして、弓道の世界では、腕の動きを改善する際に、「脇下の筋肉」に注目します。脇下の筋肉の働かせ方を知り、腕を効率よく動かすようにします。ここでいう「腕を効率よく動かす」とは、「無駄な力みなく」「早く」「かつ力強く」腕を動かせるようにすることを指します。
そして、この腕の使い方は野球・ジョギング・サッカー・バスケ・水泳など多岐に渡るスポーツで応用可能です。
「首」と「肩」の筋肉を働かせると、脇周りの筋肉が働く
弓道では、上半身の姿勢を整えるために、「首を伸ばして肩を落とす」動作(胴づくり)をします。これにより、上半身の無駄な力みがなくなり、弓を引いている最中に身体にかかる「弓の抵抗力」に耐える姿勢が完成します。 このとき、弓を引く動作を「腕」を使って引いているように多くの人は思うかもしれません。しかし、実際は腕や手首には力を入れず、脇周りの筋肉(前鋸筋:ぜんきょきん)を活用します。弓道では、首を伸ばして肩を落とし、上半身の姿勢を整えて、「脇周りの筋肉」を働かせて、弓を引きます。
前鋸筋の役割は、背中の後ろ側についている肩甲骨を外側に向ける(外旋させる)ことです。 弓道の動作では、自分の体の前に両腕で円形の空間を作ります。この円の空間を「弓懐(きゅうかい)」といい、脇の下の筋肉を意識し、肩甲骨を開くようにして、弓懐を取ります。すると、脇の下に力が入る体構えが完了します。
この姿勢により、弓を引くときに脇の下の筋肉が働くようになります。すると、肩や腕に力を入れずに大きく弓を引くことができます。
試しに、次の実験を行います。相手を押そうとするときに、普通に腕や肩の力を使って押します。すると、相手を押す力は弱くなってしまいます。そこで、肩を下げて押すようにします。すると、先ほどに比べて、肩関節の位置が安定し、相手を押しやすくなります。
これは、肩を下げたことで、脇下の筋肉が張り、肩関節が安定するからです。脇下の筋肉が張り、肩甲骨が前方に開く力が生まれると、押された際に、肩関節がぶれにくくなり、押しやすくなります。脇下の筋肉をスポーツに活用すると、スポーツにおいて効率よく運動技術を高めることができるのです。
スポーツにおける前鋸筋の重要性
次に、スポーツ動作でうまく前鋸筋を働かせ、技術を向上させる具体的手法を解説していきます。
例えば、野球・ゴルフでのスイング動作では、早く降ろうとスイングすると、胸が早く開きすぎてしまい、振りぬいた力によって、ボールを飛ばす力をうまく伝えることができなくなります。 ボクシングの場合、腕を動かしている最中に前鋸筋がうまく活用できていないと、パンチの威力が低下します。水泳においては、水をかこうとした際に、前鋸筋が使えていなければ、肩関節や腕に力がかかってしまいます。
そこで、以下のように応用します。
野球のバッティング
打席で構える際に、首を伸ばし、肩を落としましょう。肩関節が下がることで、脇下の筋肉が張ります。 そして、バット、ボールを持つとき、近すぎず、遠すぎずの場所に腕、手の位置を合わせてください。やせすぎの方は腕と体の距離は近くし、太っている人は少し拳と体を遠くするようにします。この「拳」と「胴体」との距離を取り間違えると、腕が力んだり、脇下の筋肉の張りが鈍ったりしてしまいます。すると、次のスイング動作が円滑に行われなくなります。
そして、バットを振るときは
・バットを握るときに、握りが上に来ている側の手をスイング動作でボールに当たる際に、「押し込む」ようにスイングする 左バッターの場合、振るのではなく、最後のインパクトの際に、左手でバットを水平に押し込むようにスイングします。 これによって、インパクトの際に、両側の前鋸筋が張られ、肩と胸の関節のぶれがより少なくなります。すると、ボールがバットに当たった際に、上体がぶれないため、ボールがバットに当たった際に発生する反発力をボールに最大限伝えることができます。その結果として、打球の飛距離を伸ばせます。
この脇下の張りを消さないようにスイング動作を行うと、トップの位置(拳の位置)からバットを振り下ろす際に、胸が開く感じが少なくなり、バッティングフォームが崩れにくくなります。肩甲骨を前方に開くことで、胸鎖関節の動く幅が制限され、スイング動作における姿勢の崩れがなくなるのです。
さらに、前鋸筋が張ることで胸や肩の力みが減り、頸椎(首の骨)周りの筋肉にかかる負担が減ります。すると、首の後ろを通り、眼球の動きに関係する神経の負担が少なくなり、目を動かしやすくなります。これによって、早いボールや変化球に対して対応するための動体視力を上げられるとも考えられます。
ピッチング
次にピッチングであれば、腕を振る側の腕の使い方を変えます。
・少し肩を落とす意識を強めて、腕の力みを最小限にとどめる ・腕は伸ばしすぎないように振る
・このときに、腕を振る軌道は背骨に対して45~60度にし、 投げた側の肘がなるべく頭部と近くなりすぎないようにする。
以上のように振ることで、脇下を張り続けながら、腕を振りぬくことができ、楽に早い球を投げることができます。
ジョギング:肩関節を少し前に出すようにする
ジョギングでは、次のように走り方の意識を変えます。
・肩甲骨・股関節を必要以上に自分から動かさないようにする
・首を伸ばし、両肩を落として脇下を張る
・前方に体を動かして、腕が後ろに振られた際に、肩関節も 一緒に後ろに引けます。そこで、後ろに引けないように肩関節を前に巻くように意識します。
これによって、ジョギング動作において、必要以上に肩関節が動きにくくなるため、ジョギング中の姿勢がぶれにくくなります。
さらに、このランニング動作をインターバル(速いペースで走ること)で活用すると、胸郭が上に最大限に引きあがります。走る際の胸の重心が高くなるため、前方に重心移動しやすくなります。
さらに、胸が強く張られるため、骨盤が自然と前傾します。これにともなって、マラソンのタイムが向上します。ただ、初心者や怪我しやすい方がこの走り方をしようとすると、心肺に強い負担がかかってしまうため、脚を怪我する恐れがあります。
そのため、この「脇下の意識→ランニング」で応用する際は、「スロースペース」で行うか、本気でタイム向上を目指している方だけ実践するようにしてください。健康志向でランニングを行いたい場合は、「1-1」の首の使い方で解説したランニング方法を意識してジョギング動作を選択すると良いです。
水泳:少し、肘を前方に動かすようにする
水泳では、次のように意識します。
・水をかく動作の際、肘だけを前方に動かすようにすると、肩甲骨が前方に開く
・この状態で水をかくと、水の抵抗に負けずに水をかきやすくなる
このように行うことで、水泳で水をかく動作の際に、負荷が肩の上部ではなく、脇下から腕の裏側にかかるようになります。これによって、長く疲れずに早いペースを維持して泳げるようになります。
もし、水をかく動作の際に、肩の上部に力みが出てしまう場合、水中での姿勢だけでなく、腕をかくときの角度も悪いと認識するようにしてください。少し体の近くを水かくように意識するようにします。すると、腕や肩ではなく、脇下あたりを意識して腕を動かせるようになります。
水をかく際は、体と腕との距離感が大切です。腕を近づけたり、遠ざけたりし、体全体を使って水をかける位置を把握できるようになれば、水のかき動作を力強く行えるようになります。
自転車:ペダルを押すようにする
自転車では、次のように意識します。 ・スピードをかけるときは、ドロップハンドルにする。
・両肩を落とし、ハンドルを押すように意識してこぐ
このように、ハンドルを押すようにします。すると、ペダリングにおいて、3時~6時の間が(ペダルを上から下に)踏み込みやすくなります。この時間は脚の付け根の筋肉である「大臀筋(だいでんきん)」「腸腰筋(ちょうようきん)」が強く働き、踏み込む力を強く働かせられます。結果として、走行スピードが速くなります。
なお、自転車の世界では、ハンドルを押すのではなく、引くように指される方がいます。これは、ペダルを回すときにどのタイミングで力を入れるかの違いによって起こります。 その人の体格によって、どのようにペダルを踏むと体が楽に動くかで異なります。ただ、前鋸筋を働かせる姿勢を構築し、姿勢のぶれなく、かつ脚を踏み込む力を高めることは可能です。
バスケでのドリブル
サッカー、バスケの場合であっても、同様に応用することができます。
・バスケで肩を落として、肘を横に引き抜くように動かす
・引き抜いた側に速く身体の重心が動く
これによって、左右のドリブル動作を速く行えるようになります。実際に、高校のバスケ講習会で多くの方がこのドリブルでの肘の意識を変えたことで、動きが改善されています。
脇の下の筋肉は「首」と「肩」の二つの動きを組み合わせて、ようやく理想的な腕の動きができます。両肩を落とすだけでも、脇周りの筋肉は働きますが、人によっては胸が前方に突出しやすい姿勢になります。
野球のピッチング動作であっても肩や肘ではなく、脇の下を使って腕を振れば、楽に速い球を投げることができます。水泳での水かき動作も脇の下を使って腕を振るようにすると、腕を動かす動作がやりやすくなり、肩周りが疲労しにくくなります。
そのため、できれば、首の後ろも伸ばすように意識して、スポーツでは腕ではなく脇の下を働かせるようにしましょう。この方法を取り入れれば、力を入れずに速く腕を動かすことができます。