楽に長く走るためには、脚に負担をかけない走り方を実践する必要があります。そこで、走っている最中に「首の後ろ」を伸ばすようにすると、脚の負担が軽減されます。
本記事では、ランニングで脚の負担と体の使い方を変える具体的手法を解説していきます。
首の後ろを伸ばす方法具体例
まずは以下の動画で姿勢の作り方について理解してみましょう。
首を伸ばして肩を落とす
首の後ろを伸ばすとは、弓道における「胴づくり」と呼ばれる動作に当たります。この動作によって、上半身に無駄な力みなくかつ崩れにくい姿勢を構築します。
具体的には、
・首を伸ばす
・両肩を下げる
の二つを行います。少しアゴを引き気味にします。そうすると、首の後ろの筋肉を伸びます。この状態で自分の頭蓋骨を10㎝上に持ち上げるようにして、首回りの筋肉を伸ばします。それと同時に両肩を落とします。
首を伸ばして肩をストって落とす。イメージをもって行うとより良いです。自分の頭の頂点を10㎝吊り上げるようにして、首を持ち上げてください。そして、両肩を耳元から垂直に落とすようなイメージです。そうして、首の耳から肩を伸ばすようにしてください。
そうすると、おのずと胸周りがスッキリする感覚があります。はだしでやると、首を伸ばして肩を落とすときに足裏全体がピタッと止まるようになります。これが胴づくりです。
踵に体重を意識的に乗せるようにすると、胴づくりがしやすくなる
なお、胴づくりは「踵」を活用すると行いやすくなります。
普段の生活やスポーツを行っていると、自然と「つま先」に体重が乗りやすいと思います。歩いているときは、最後につま先で地面を蹴るようにして走るよう意識します。ここで、普段の歩き方や立ち方と逆のことを行いましょう。
踵に体重を乗せると、顎が引きやすくなります。少し両足先を広げて踵を踏みながら、顎を引いてください。先ほどよりも、首の後ろを伸ばしやすくなり、上半身がほぐれたと思います。弓道の世界では、この姿勢で常に弓を引きます。
なお、ここでお話した「踵」「足先を開く」行為はランニング動作で非常に大切です。二つの動作を行えば、脚の負担をなくして走れます。胴づくりと合わせて意識するようにしてください。
首の後ろを伸ばすと、肩甲骨と股関節が動かしやすくなる
さて、踵に体重を乗せて、首の後ろを伸ばしたら、背筋がかなり緩みます。これによって、肩甲骨と股関節が柔らかくなります。
例えば、顎を引いて踵を踏み、肩甲骨を動かしてみてください。つま先を踏み、顎が空いた姿勢よりも動かしやすいのが体感できます。
次に、踵を踏み、軽く顎を引いて歩いてみてください。踵を使って歩くとふくらはぎの筋肉が柔らかくなります。反対に、つま先で蹴って歩くようにすると、ふくらはぎの筋肉が硬くなります。
楽に走るためには、肩甲骨と股関節は柔軟にしておく必要があります。そのためには、踵と首の後ろを用いて背筋を上方に伸ばします。これによって、脚の負担を極力減らして走れます。
胴づくりを意識して走ると足裏の負担が少なくなる
走っている最中での首の意識をお伝えします。走る際は、腕や脚などの首を伸ばす意識を持つようにします。
立っているときは、顎を引いて、垂直に首の後ろを伸ばそうと意識しています。走るときは、自分の首を「斜め45°」方向に伸ばすように上半身を少し傾けます。すると、目線が少しだけ下がり、自然と体重が前に移動して走り動作が開始されます。このとき、体をねじったり、脚を前に出したりしません。
このときに、走っているときの「着地音」と「着地衝撃」が少なくなれば正解です。
もし、上半身が伸びていれば、着地するときに背骨の湾曲が少なくなります。すると、腰の上下動が抑えられるため、足を踏みつける無駄な力が減ります。反対に、走っているときに背筋が張ると、背骨が湾曲するため、腰の上下動が多くなります。すると、足を踏みつける力が強くなり、足音が強く出ます。
このように走ると、楽な気持ちで長い距離を走ることができます。
走りながら首を伸ばすコツ:首の付け根(骨の出っ張り)を立てるようにする
ここまでお話した内容がわかりにくい場合は、首の付け根(骨の出っ張り)を意識するとわかりやすくなります。
自分の首を前に傾けると、両肩の間に「出っ張り」があります。この骨は首の付け根にあたり、頚椎7番目になります。この部位を使うと、首の後ろを意識しやすくなり、「出っ張りを立てる」ように意識してください。
少し顎を引き、目線を下げます。その次に、自分の体を猫背にするように、出っ張りの骨を立てるように後ろに引きます。すると、走っているときに首の後ろが浮くような感覚が得られます。
これでも、わからない場合は、「踵」で意識的に着地するようにしましょう。少し上半身を傾けて、つま先を浮かせて踵で走るようにすると、上半身が前方にスムーズに送られるのが体感できます。この状態が、首の後ろを伸びている感覚が得られます。
首を伸ばして肩を落とすと上半身の無駄な力みが消える理由
このように、首の後ろを伸ばして、走りやすくなる理由は「背骨の無駄な湾曲が少なくなる」からと考えられます。
ランナーを見ると、疲れてスピードが落ちる人は、姿勢が曲がっていることが多いです。「胸が前に出る」「背中が丸く屈む」などの崩れが起こって肩甲骨や股関節が最大限に動かせなくなって、腕や脚を振る力が低下します。したがって、スピードが出ず、走りにくいのです。
このように胸部や背部にゆがみが出てしまうのは「頭部」が下方向に下がっているからです。
人の背骨は頸椎(けいつい)、胸椎(きょうつい)、腰椎(ようつい)の三部位に分かれます。この中で、頸椎は最も可動域(動く方向)が大きくゆがみやすいです。そこで軽くあごを引いて、首の後ろを伸ばすことで、頭部の位置が安定し、走りやすくなるのです。反対に、頭部が下がると、胸か腰の背骨のどちらかが曲がります。
楽に速く走り続けるためには、背骨を伸ばして走り続ける必要があります。そのために、頭部を高い位置に置くのが大切です。
足が速くなる三要素と全ての要素を高める方法
ランニング時の早く走るポイントとして
・姿勢の安定
・ピッチ(足の回転数)
・歩幅
の三つがあります。最初の姿勢の安定は、首の後ろを伸ばすことで実現できます。
例えば、立ち上がるときに、何も意識しないで立ち上がるのと、首の後ろの筋肉を伸ばして立ち上がるのでは、首の後ろを伸ばした方が、立ち上がりやすくなるのがわかります。首周辺には、身体の重心を平行に保つ「三半器管」と呼ばれる組織があり、頭部の位置を高くすることで、三半器官のブレを抑えることができます。
武道の世界では、「耳を動かすことで、相手を崩す技」が存在するほどです。相手を崩すときに、両肩をもって体を揺らしてみると、相手は崩れませんが、相手の耳をもって頭部を揺らしてみると、簡単に崩すことができます。
このように、少しあごを引くと、耳の位置が安定し、姿勢が安定します。
次の、脚の回転数と歩幅も、頭部の位置を高くすると向上します。
首の後ろを伸ばすと、「腰の位置」が高くなります。すると、脚の回転運動が阻害されにくくなり、ピッチも速くなります。走っている最中に、腰の位置が上下すると、前に進むスピードが低下し、回転数も下がってしまいます。
速く脚を回したい場合、できるだけ高い位置に腰の位置を置いて、その位置から変わらないようにする必要があります。上下動が入ってしまうと、腰が下がる際に、ふくらはぎと太ももの筋肉に力が入るからです。ここで、脚の回転するスピードが遅くなります。頭部の位置が上げて、腰の位置が上げて脚の負担を減らすことが大切です。
さらに、首の後ろを伸ばすと歩幅が広くなるのが体感できます。例えば、10メートル先にゴールを設定して、歩いてみましょう。
何も意識しないで歩く場合と、首の後ろを伸ばした場合を意識して歩いてください。おそらく、首の後ろを伸ばした方が、そうでないときに比べて、1~2歩程度少ない歩数でゴールにたどり着けます。首の後ろが伸び、腰の位置が高くなると、より遠くまで脚を送ることができます。
以上の内容により、首の後ろを伸ばすと、「姿勢が安定する」「ピッチが速くなる」「歩幅が広くなる」ことがわかります。実践すると、パフォーマンスを確実に伸ばせます。
首の筋肉の持つ恐ろしい有用性
さらに、首の筋肉を調べていくと、ランナーに限らず強い有用性があります。
ある大学の研究で、「食べ物の飲み込みが悪い(嚥下障害(えんげしょうがい))患者」を改善する方法についての研究がなされました。そのときの内容が、文字や文章を口に出して、咀嚼する際に必要な筋肉を鍛えるというものです。患者に声を出してもらい、首を動かしてもらうことで、食べ物を飲み込む力を養うというものです。
そこで、口廻りを動かしたことによって、嚥下障害だけでなく、歩行運動も改善されたという報告もあります。「首」と「歩行」には密接な関係があるといえます。
咀嚼運動における口、首の働きは「運動機能の活性化」をもたらすといわれます。そのために、首の筋肉を活用することは、歩く動作をより正確に働かせることにつながります。今回お話しした「首の後ろを伸ばす」という行為も、首の筋肉を働かせることにつながります。
走っているときに疲れてくると両肩がぶれる理由
マラソン大会を見ていると、疲れてきてペースダウンするランナーがいます。その人の姿勢を見ると、「肩が動く」ことがわかります。理由は、疲れてくると首の後ろの筋肉が縮みやすくなるからです。
スムーズに重心移動を行って走ると、ペースを落とすことなく走り続けられます。しかし、首の後ろが縮み、頭部の位置が下方向に下がると、重心の「上下動」も多くなって上下動が両肩関節に伝わります。その結果、「肩が上がる」という現象が起こります。
ランナーはペースアップすると、骨盤が自然と前傾し、太ももの裏側にあるハムストリングが張ります。これによって、膝関節が自然と曲がりやすくなり、背筋が張ります。この姿勢に疲れてきて、背中周りの筋肉が凝り固まると、着地衝撃を受けきれなくなります。この影響によって肩周りの筋肉が上下に動いてきます。
肩が動き始めた場合、あなたの体力はピークに来てしまっているサインと言えます。
この場合、首の後ろを伸ばすようにすると楽になります。少し骨盤を立てるようにして首を伸ばすと、腰の位置が高くなって膝関節が伸びます。その結果、脚が動かしやすくなって気持ちが楽になります。
よく、マラソンでは「気持ちで負けてはいけない」と言われます。気持ちを変える一つの具体的な方法が「意識を変えること」です
「脚」ではなく、「背中」で走るようにする
大部分の人は、ランニングに必要な部位は「脚」とイメージします。なぜなら、走ることは足腰(=下半身)を鍛えるものと思っているからです。
ただ、実は脚以上「背中」が大事です。背中周りの筋肉の使い方で負担なく楽に速く走れるかが決まります。
いくら脚の筋肉が発達したり、体重が軽かったりしても、姿勢が悪ければ脚にかかる負担が大きくなります。背中が反っていたり曲がっていたりすると、それだけランニングに悪影響が表れます。
解剖学や運動学の世界を紐解くと、背中が反ると、脚が後ろに振り出され、背中が屈むと脚は前に振り出されます。背中の筋肉を柔軟にすると「反る・屈む」の運動が円滑に行われ、脚の回転運動を負担なく行えます。楽に速く走るためには、背中の筋肉を柔軟に使う必要があります。
2000年、シドニー五輪にフルマラソン女子で金メダルを獲った高橋尚子選手がこれと似た発言をしています。一日走りこんだ体をケアするとき、どこをマッサージしてもらうかというと、「脚を10分、背中を50分」と言います。
これは、前述の通り、ランニングで重要なのは脚というよりも背中だからです。多くの方は、脚は脚自体の筋肉を使って動かしていると考えています。しかし、実際には背中の筋肉が反ることで、脚が後ろに伸ばされ、屈むことで前に振り出されます。つまり、脚をマッサージするのではなく、背中の筋肉をマッサージする方が理にかなっています。
無理なく、ランニングで記録を伸ばすには
フルマラソンを志している人であれば、タイムを4時間以内、3時間以内を切りたいと考えている人もいるでしょう。あるいは、健康志向の方は、なるべく怪我をしないでランニングしたいと考えるでしょう。
その場合は、先に首の後ろを意識しましょう。「首の後ろを伸ばす」「両肩を下げる」ことです。少し、アゴを引くと、背骨の湾曲が抑えられます。前述に述べた背中を反らせる・屈ませる運動が行いやすくなります。
ランニングの理論書を開いてみたり、スポーツジムでトレーナーに教えを受けたりすると、太腿の裏側の筋肉など、「脚」の筋肉を重視して鍛えるように教えられます。そういった筋肉を働かせるためには「姿勢」が大事。優先順位は姿勢をしっかり定めることからです。
最初に姿勢を学ぶようにしてください。そのためには、首の後ろを伸ばし、両肩を下げることから始まります。
頭痛が起こるランナーとそうでない人の違い
トライアスロンのロング種目や100kmマラソンなどを見ると、長い距離を走り続けて「頭痛になる」人がいます。このように頭痛になってしまう人の特徴として、「首の後ろが伸びていない」ことが挙げられます。
頭痛になるのには二つ原因があります。一つは「腎機能の低下」です。
腎機能の低下について少し解説します。人体には体内に不要な物質を尿として排出する役目を持つ腎臓があります。この臓器は肋骨と骨盤の間に存在します。その腎臓には、赤血球を作るもととなる「エリスリポエチン」を生産する役目があります。
エリスリポエチンが作られると、体内の赤血球の量が増えます。赤血球は、血液内にある酸素とくっつき、必要な箇所に酸素を送り届ける役目があります。ランナーにとって、酸素はエネルギーを生み出す元であり、栄養素です。早く走るときにできるだけ呼吸を行う理由も、「走るエネルギーに帰る酸素の量を増やすため」といえます。
この、エリスリポエチンの量が少なくなると、体内の赤血球量が少なくなり、結果として頭部に運ばれる酸素量が減ります。その結果、脳細胞、脳神経細胞の疲労が蓄積し、回復が間に合わなくなり、「頭の痛み」になります。貧血の方が目まいして頭がくらくらしてしまうのも、腎臓による赤血球を生産する酵素が少ないことも一つの理由として挙げられます。
ただ、長距離を走るランナーは腎機能の低下は考えにくい理由もあります。腎臓自体の栄養素は、ごはん、パンなどに含まれる「炭水化物」です。炭水化物はマラソン中は、足りないようにするために常に栄養補給をするために、腎臓の働きは栄養素を蓄えることで補えます。
ただ、もう一つ頭痛が起こってしまう理由があります。それが、「頭部の位置が下がる」ことです。頭部の位置が下がることで、首から脳へ送られる酸素量が低下します。これによって、頭の痛みが発生していると考えられます。
首には、耳からのどぼとけにかけて「胸鎖乳突筋(きょうさにゅうとつきん)」と呼ばれる筋肉があります。この筋肉の働きは、頭部の位置を安定化させ、頭部に酸素を送る働きがあります。頭部を上方に伸ばし、胸鎖乳突筋を伸ばすことで、頭部に送られる酸素量を増やせます。
しかし、頭部の位置が下方向に下がると、胸鎖乳突筋が縮んでしまいます。この姿勢では、頭部に効率よく酸素を送れないために、頭痛が起こりやすくなります。
こうすることで、胸周りや背中周りの筋肉の力みがなくなります。自然と背中の脊柱起立筋や首の筋肉が上方向に働き、常に上半身は反ったり、曲げたりといった行為に耐えてくれます。
首の筋肉や背中の筋肉を何も意識しなかったら、筋肉は固くなっています。それでは、上半身の姿勢を適切に整えるために背中の筋肉が働いてくれず、姿勢は時間の経過とともに崩れていきます。
本に載っている走り方が実際に使えない理由
このように、首の後ろを伸ばすことで、余計な背骨の湾曲が少なくなります。実際に、私が100kmマラソンやトライアスロンロングを走るときは、「首の後ろ」を伸ばすことだけを意識した結果、脚に大きな怪我をすることなく完走することができています。
走っている最中に姿勢が曲がっていなければ、着地衝撃が身体にかかったとき、背中の負担を大幅に減らすことができます。実際に行えばわかりますが、頭部が下に下がった状態でジャンプするのと、首の後ろが伸びた状態でジャンプするのでは、「腰」にかかる負担が減るのがわかります。
ここで、世の中に載っている「走り方」の本が実際になかなか使えない理由が想像できます。理由は、書籍に書かれた本のほとんどが「頭部が最上位に伸びている」ことを条件に書かれていないからです。より、走る動作に使われる筋肉を意識して、効率よくスピードを伸ばす手法が記されていますが、それらは姿勢ができていることを前提に語られていないために使えないのです。